響きわたるシベリア杉 シリーズ1
アナスタシア③ 出会い
投稿者 zeranium 日付 2013年9月30日 (月)
翌年、私は再びオビ川を下る計画を立て、キャラバンを繰り出した。
そして前年、老人たちと出会った場所から少し離れた場所で船を停止させた。
私は誰にも理由を話さず、船長には販売計画に沿って予定通り航行を続けるようにと指示し、一人で商船を降り、小型のモーターボートで集落へと向かった。
私は村人の助けを借りて、響き渡るシベリア杉、リンギング・シダーについて話してくれた、2人のシベリア老人を見つけ出すつもりだった。
その杉を自分の目で確かめ、出来る限り安い値で持ち帰る交渉もできるだろうと考えたのだ。
人けのない河べりの岩にボートをつなぎ、いくつかあった小屋へ向かって歩き出そうとすると、土手の上に立っている1人の女性が目に入った。
私は、何か情報が得られるかもしれないと思い近づいて行った。
その女性は着古した感じのキルトの上着と長いスカート、それに靴はガロッシュで、北部奥地に住む人々が春や秋に愛用するいわゆるゴム長靴だった。
頭を覆うスカーフが額や首を完全に覆っているので年齢はわからない。
私は彼女に挨拶し、前年にここで会った2人の老人について尋ねた。
「去年、あなたと話したのは、私の祖父と曽祖父(ひいおじいさん)よ、ウラジーミル」
私は驚いた。彼女の声は若く、言葉使いは正確で、ためらうことなく「あなた」と親しそうに言い、しかも私の名前を知っていたのだ。
私は老人たちと名前を名乗りあったかどうか思い出せなかったが、彼女が知っているのできっと名乗ったのだろうと考えた。
それで私も親しみをこめて、「きみの名前は?」とたずねた。
「アナスタシア」、と彼女は答え、片方の手を、まるで社交界の貴婦人が手の甲にキスを求めるかのように差し出した。
キルトの上着とゴム長靴という格好の、さびれた河岸に立つ田舎の女性が、そうしたしぐさを見せたのが私にはおかしかった。
私は手を取って握手すると、アナスタシアはきまり悪そうな笑みを浮かべた。
アナスタシアは、タイガの奥にある彼女の家族が住んでいるところへ一緒に行こうと提案した。
「タイガの中を25キロ歩くけど大丈夫? ウラジーミル」、「少し遠いね」と答えながら、私は内心困ったことになったと思った。
道なきタイガの森の中を25キロも歩くなんて。船はもう出てしまったし、連絡の取りようもない・・・・。
覚悟を決めると、私はここに来た目的をはっきりさせるためにアナスタシアに聞いた。
「響きわたるシベリア杉というリンギング・シダーを見せてもらえるかな? きみはその木について何でも知っていて、私に教えてくれるんだね?」と。
アナスタシアは、知っていることを話すと言い、私たちは出発することにした。
歩きながら、彼女がこの人里離れたタイガに住んでどのくらいになるのか尋ねると、彼女たちの一族は先祖代々、数千年の昔からシベリアの森に住んでいるという。
彼らが文明社会の人々と接することはほとんどなく、たまに接触するときも自分たちの場所でではなく、他の集落の人々のような格好をして村まで出かけていくのだという。
アナスタシアは、祖父と曽祖父が癒しの力を持つリンギング・シダーを、多くの人に配ろうとしていることに反対だと言った。
それはこの杉の小さな木片が、善を行なう人悪を行なう人の双方に広まってしまうと、恐らく木片のほとんどを、ネガティブな人々に奪われてしまうだろうし、結果的に、そういった人々は恩恵よりもさらなる害毒を生み出すようになるからと言った。
彼女の考えによるともっとも大事なことは、善なる人々や善なることを成し遂げようとする人々を助けることであり、すべての人々を助けるのは善と悪のバランスの是正にはならず、むしろ現状維持か、あるいはもっと悪くなるだけだという。
私はシベリアの2人の老人に出会ってからというもの、杉の木が持つ驚くような特性などについて書かれた雑誌や文献を、ずい分と読み漁ってきた。
今、アナスタシアの話に耳を傾け、シベリアの森に住む人々の暮らしぶりについて思いを馳せながら、ふとある新聞記事のことを思い出した。
それはリーコフ一家の話であり、新聞各紙に掲載されたことで多くの人に知られるようになったこの家族も、シベリアタイガの奥地で100年以上も孤立した生活をしていた。
その記事を読んだ印象は、自然については詳しいが、現代の文明社会についてはまったく何も知らない人たちというものであった。
ところが、アナスタシアは違っていた。
彼女は今日の文明社会が抱える問題だけでなく、私の知らない別の世界についても並外れた洞察力で把握している。
それが彼女から受ける印象であり、彼女は現代人の都市生活についてよく知っていたので、ごく普通に話しができた。
2人が森の奥へと歩いてきた距離はすでに5キロほどになっていた。
道路はもちろんのこと何とか歩けるような小道でさえなく、まさに倒木を踏み越え、潅木の茂みをまわりながら歩かなければならず、私は疲労困憊していた。
ところが私の前を行く彼女はまったく疲労を感じてはいないようであった。
そのうちに少し開けた狭い草地に出た。
端には小川も流れている。
彼女はもしよければここで休憩できると言ったので、私はホッとして草むらに腰を下ろし、リュックからサンドイッチと平たいブランデーの小瓶を取り出した。
それを彼女に差し出すと、アナスタシアは空腹ではないのでいらないと言い、私が食べている間日光浴をしていると言った。
そして私の座っている場所から3歩ほど行ったところで上着を脱ぎ、スカーフをとり、長スカートを外して近くのくぼみに置くと、薄手のチュニックのようなもの1枚になった。
彼女が顔を覆っていたスカーフをほどいた時、私は驚きのあまり、あやうくブランデーにむせかえるところだった。
もし私が奇跡を信じる人間であれば、そのとき見たものを女神の生まれ変わりと思っただろう。
私の目の前に立っていたのは、見事なまでに美しい体つきをした、長い金髪のうら若き女性だったのだ。
その美しさは尋常ではなかった。
もっとも権威あるコンテストで優勝した美女たちでさえ、その容貌と知性においても、(後でさらに明らかになるのだが)、彼女にかなうとは思えなかった。
このシベリアの世捨て人は、あらゆる点においてけたはずれに美しく、魅力的だった。
アナスタシアは草の上に横になり、両腕を横に投げ出すように広げ、手の平を太陽に向けて幸せそうな表情で目を閉じている。
私は食事のことなどすっかり忘れ、魔法にかけられたようにじっと彼女に見入っていた。
私の視線を感じたらしい彼女は、そのままでこちらを見ると、かすかに微笑んで再び目を閉じた。
私は彼女の顔をじっと観察した。
それは荒涼としたシベリアの風雨にさらされた人の皮膚ではなく、なめらかでつやのある肌であり、灰色がかった青い大きな瞳をしていた。
彼女の身につけていた薄手のチュニックはネグリジェのようなものであり、その時気温は12度からせいぜい15度くらいであったが、なぜか温かそうに見えた。
太陽は彼女のあお向けになった手のひらに金色の光を反射し、アナスタシアは薄い布をまとった半ば裸体のような姿で美しく横たわっていた。
私はいったいどうするべきなのだろうか。彼女はなぜ服を脱いだのか。
しかもなぜこんなにも誘惑的に美しく草の上に横たわっているのか。
どうしてこういつの時代も女性というものは、ミニスカートや胸元をさらしたり、脚をさらしたりするが、それも男性の気を引くためでしかないだろう。
私は無関心を装い女性に恥をかかすべきなのか、それとも関心があることを示すべきなのだろうか。
私は彼女に唐突に聞いてみた、「アナスタシア、タイガの森の中を1人で歩くのは怖くないの?」 彼女は目を開けて私のほうを向き、「ここでは怖いことなんて何もないわ、ウラジーミル」 「森の中で地質学者や狩人とかに出くわしたら、どうやって自分の身を守るのかと思って」 彼女は答えるかわりに微笑んだ。
そしてそのあと起きたことが何だったのか、私はいまだによくわからない。
私は草むらに横になっているアナスタシアに近づき、両肩を抱いてぐっと引き寄せた。
彼女はさほど抵抗する素振りも見せなかったが、・・・だが何もできなかった。
私は気を失ったのだ。
私が意識を失う前に見たのは彼女の大きな瞳と、「ウラジーミル、落ち着いて」という言葉だった。
そしてもう1つは、気を失う寸前、私は突然、とてつもない恐怖に襲われたのだ。
それは子供の頃家に1人でいるときに感じた、言いようのない恐怖感だった。
気がつくと彼女は私の前で膝をつき、片手を私の胸に置き、もう一方の手を上の方や両側にいる誰かに向かって振っていたのだ。
彼女は微笑んでいたが、それは私にではなく、回りや上方にいる見えない誰かに向けてであった。
アナスタシアのしぐさは、「大丈夫、私の身に何も悪いことは起きてはいない」と、見えない友人たちに伝えているかのようだった。
彼女は私の目を覗き込むようにして言った、「落ち着いてウラジーミル、すべて過ぎ去ったわ」 「いったい、今のは何?」と私。
彼女は、「ハーモニー(調和)の世界が、私へのあなたの態度と、あなたの中に湧き起こった欲望を理解できなかったの。いずれあなたにもわかるわ」と言った。
「ハーモニーの世界? 一体何の話だ? きみだよ、きみが嫌がったんじゃないか!大したもんだ! きみたち女がやることはすべて男を誘惑するためじゃないか! 脚や胸をあらわにして、歩きにくくてしょうがないのに、無理してハイヒールをはくんだ。
そして体をくねくねさせて誘惑する。
そして「私はそんな淫らな女じゃないわ」とうそぶく。
私はこれまであらゆる類の女性を見てきたが、みんな本当は同じことを欲しているんだ。
きみはただ自分は人とは違うというふりをしているが、どうしてきみははおっている服を脱いだんだ?
暑くもないのに。
そしてそこに寝そべって、あたかもそういう・・・、」
「ウラジーミル、私にとって服を着ているのはとても居心地が悪いの。私は森を離れて村人たちと会うときにだけ服を着る。それはみなと同じに見えるようにね。私が横になったのはあなたの食事の邪魔にならないように、一休みして日光浴をしていようと思ったから」
「邪魔にならないようにだって? きみはりっぱに邪魔をしてくれたよ」
「ごめんなさい、ウラジーミル。あなたは間違っていない。女性はみな男性から関心を持って欲しいと願っている。でも本心は脚や胸を見て欲しいんじゃない。もっと本当の自分を見てくれる男性に通り過ぎないで欲しいと思っているの」
「脚が目の前にさらされていながら、本当の自分を見て欲しいだって?きみたち女はとんでもなく非論理的だよ!」 「そうね。残念ながら人生は時々そういう風になる。さあ、行きましょうか、ウラジーミル。もう食事は終わったの? 少しは休めた?」
この哲学的な野生人と、森の奥へこれ以上入ったところで意味はないのではないかという考えが、一瞬頭をよぎった。しかも彼女は明らかに特殊能力の持ち主だ。
私は彼女に触れた瞬間、意識を失ったのだ。どうしようかと考え、戻ったほうがいいかもしれないと思ったが、すでに河まで戻る道はわからなかったので、このまま進むしかなかった。
私はアナスタシアに言った。「よし、行こう」
響きわたるシベリア杉 シリーズ1
book 『アナスタシア』 ウラジーミル・メグレ著 ナチュラルスピリット
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